メンバーによる 研究リポートページ です

俳優の真実の演技の研究会

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調律がうまく行くとどうなる??

調律が 上手く行くと具体的にどうなる?

・比喩ではなく、現実に肉体から感じる自分自身のリアルな感覚として「視界が広がる」
・或いは「視界が鮮やかになる」見える物全ての色が、いつもより断然鮮やかに飛び込んでくる

・感覚が鋭くなって周りで何が起こっているかスッと分かる
・隣の人が今何を感じたか、教室の中全体の状態を時々刻々全体的に感じているような気さえする

・不安や恐怖が全く無く、自信があると感じる。何も怖くない。

・重心がスッと下がっている。体が安定している。

などが皆に共通して現れる感覚のようです。

※僕は15年ほど前からこの世界 (メソードと呼ばれる演技術を研究したり学んだりする所ね) に入り、リラクゼーションと呼ばれる訓練を始め、その後何人かの先生から幾つかのリラクゼーションのアプローチを学んで来た。当然数え切れないだけの稽古に参加してきた。
今の研究会の参加者達もいろいろな所で似たような稽古をした経験を持っている。
そういうメンバー皆に「他のワークショップでリラックスと言ったり、ここで調律と言ったりしてる事が、うものすごく上手く言ったな。と感じる時は具体的にどういう感覚になる?」と聞いてみたところ幾つかの共通する現象があることに気づいた。
そしてまたこれは、実際に役と台詞をもって舞台で演じていて、スタニスラフスキー・システムで言う「超課題」が感じられている状態の時、その状態にも通じる独特な、そして非常に高い次元の俳優の自己感覚であるようだ。






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「調律」 2008.11.25 渡部朋彦

調律 2008.11.25 渡部朋彦

まず呼吸に集中してみる
<肉体の感覚>と<呼吸のイメージ>をうまく同調 (※1) させようとするのだが、なかなか、そのイメージに集中できない。
集中できないから日常的な生活の中の、気になっている事柄なんか (あの手紙を今日中に書かなきゃ、とかバイト先に電話しないと忘れちゃうぞ、いますぐやらなきゃとか) が去来する。
或いはそういう事柄が想起されるから集中できないのか。
兎に角、そういう事が起こる。なんど集中にトライしてもうまく行かず頭には日常的な事柄がうるさくせわしなくやって来て、混沌。
外の生活音もその要因になる。随分うるさく、よく聞こえてくる。今日はまた、いつにも増していろんな音が聞こえて邪魔だ。
さて、では音に集中するというエクササイズに移行してみようか。
先ほどまで呼吸法の為に伸ばしていた背筋を少しだけ猫背に丸め、僕が聴覚に集中しやすい体制を作る。そして、聞こえる様々なおとに集中する。
僕は部屋の窓を開けて屋外の風を感じられる状態でこのエクササイズをするので、屋外の様々の音が聞こえる。
遠くの工事現場から鉄パイプを叩くハンマーの音、車の走る音、500mほど先の木立の中から聞こえる騒々しい鳥の声。
そんな音を聞きながら、僕の周囲2mくらいの中で時折生まれる音を聴き逃さないようにと集中する。それが暫く出来たら次は両隣の部屋の音 (留守らしく何も聞こえないのだが)、そうしてマンションの前後1kmくらいの中から聞こえる音。
気がつくと意識の集中は日常の瑣末事に進入される事無く回り始めている。
さて、では、もう一度呼吸に集中してみる。
先ほどの状態とは打って変わってイメージが随分楽になっている。体とイメージの感覚を融合する事もなかなかうまく出来る。
暫く呼吸を続け、体と心が落ち着いた状態になったと感じて目を開けると、久しぶりの感覚。

外界の色が鮮やかに飛び込んで来た。

頭もスッキリしている。    
 

※1肉体の感覚と呼吸のイメージを同調させる
僕の場合は体をあたかも水の一杯に入ったコップのように、空気の一杯に入った容器とイメージして、呼気と共に体の中にある空気が、コップの水を空けていくように、上部から減っていくとイメージする(東平光一先生の気の本から学んだ方法です)のですが、そのとき、例えば頭部の身体的な感覚をはっきり感じながらそこが上部から徐々に空になって行くのを肉体的な感覚とイメージとをどちらも感じながらできるかということ。頭と体両方からのアプローチがうまく行くと意識のスッキリと覚醒した状態に入りやすいようだ。
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